1. はじめに
信頼できる仲間とスタートアップを創業したものの、数年後に方向性の違いから共同創業者が途中退職してしまう。これは、多くのスタートアップが直面する現実的なリスクです。
退職したメンバーが会社の株式を持ったまま離脱すると、将来の意思決定や資金調達(VC出資)の大きな足枷になります。そのため、創業時に「株主間契約」を結び、途中退職時には株式を買い戻せるようにしておくことが鉄則です。
しかし、契約書に「途中退職時は、出資時の株価(額面)で買い取る」、あるいは「リバース・ベスティング(在職期間に応じた買取)」と安易に定めてしまうと、後に税務署から多額の課税を受ける深刻な税務リスクが潜んでいます。今回は、税務の視点から「フェアでリスクのない株式買取」の設計方法を解説します。
2. よくある「出資時株価での強制買取」に潜む2大税務リスク
創業期の株主間契約の雛形でよく見かけるのが、「退職時は出資した時の価格(額面)で買い戻す」という条項です。残る経営陣からすれば経営権を安価に守れるため都合が良いですが、会社の業績が伸びて「実際の時価 > 出資時株価」となっている場合、税務上は「著しく低い価格での取引(低額譲渡)」とみなされます。
税務署は当事者間の契約内容に関わらず、常に「取引時点の客観的な時価」をベースに課税を判断するため、以下のリスクが発生します。
リスク(1):買い手への「みなし贈与税」
退職者から残る創業者(個人)が出資時株価で株を買い取る場合、買い手は「時価よりも格安で株を手に入れた」ことになります。この場合、【時価と実際の買取額の差額】を退職者から贈与されたとみなされ、買い手に贈与税が課税されるリスクがあります。
リスク(2):退職者(売り手)への「みなし譲渡所得課税」
もし個人のポケットマネーではなく、法人が金庫株として出資時株価で安く買い取る場合、今度は売る側(退職者)にリスクがいきます。退職者は実際の時価の半分未満で売却した形になるため、税務上は「時価で売却したもの」とみなされて譲渡所得税(約20%)が計算されます。手元には出資時のわずかなお金しか残らないのに、税金だけが重くのしかかる恐れがあります。
3. 「リバース・ベスティング」を導入する場合の税務上の注意点
一律の額面買取ではなく、「在職期間が長いほど、時価で精算できる株数を増やす(=リバース・ベスティング)」という先進的な手法を取り入れるスタートアップも増えています。
しかし、ここにも税務上の落とし穴があります。
在職期間(=労働へのコミット)を条件にして株式の買取価格を変動させる設計にすると、税務署から「この株式の格安取得メリットは、労働の対価として得られたものである」と判断されるリスクが生じます。
在職期間(=労働へのコミット)を条件にして株式の買取価格を変動させる設計にすると、税務署から「この株式の格安取得メリットは、労働の対価として得られたものである」と判断されるリスクが生じます。
その場合、単なる株の売買(分離課税20%)ではなく、最高税率約55%の「給与所得(総合課税)」として課税されてしまう可能性があり、事前の綿密な設計が不可欠です。
4. 双方にとって「フェアな買取価格」と税務リスクを回避する実務対策
では、退職者にとっても残る経営陣にとっても「フェア」で、かつ税務リスクを回避する契約はどう作ればよいのでしょうか。
実務では以下の2つのアプローチを組み合わせます。
対策(1):在職期間(貢献度)に応じたハイブリッド型設計
最も納得感があるのは、コミットした期間に応じて価格を使い分ける方法です。
- 1年未満の早期退職: 会社への貢献度が低いため「出資時株価(額面)」で全株回収。
- 1年以上〜4年未満の退職: コミットした期間の割合分(例: 2年なら50%)は「直近の時価(または妥当な算定株価)」で精算し、残りの株は「出資時株価」で回収。
- 4年以上の退職: 創業メンバーとしての責任を果たしたため、全株を「時価」で買い取る。
対策(2):個人間ではなく「発行会社(法人)」による自己株式取得の活用
個人間での低額譲渡は買い手への贈与税リスクが非常に高いため、株式の買い手は「残るメンバー個人」ではなく「法人」に設定するという考え方もあります。
また、VCから資金調達する前であれば、税務上の非上場株式の評価(財産評価基本通達)に基づき、時価自体を低く抑えて売買できる可能性もあります。契約書内に「時価の算定根拠(直近の第三者割当増資価格、または税理士が算定した純資産価額等)」をあらかじめ数式化して明記しておくことが紛争と課税の防止に繋がります。
5. まとめ(Gemstone税理士法人からのメッセージ)
株主間契約は、メンバーが良好な関係のときほど「雛形の通りでいいや」と流してしまいがちです。しかし、いざ離脱が発生したときには会社のステージが進んで株価が高騰しており、税務リスクが爆発するケースが後を絶ちません。
法務(弁護士)の視点だけでなく、将来の「みなし課税」を見据えた税務(税理士)の視点を掛け合わせて契約書を設計することが、スタートアップの安全な成長には不可欠です。
Gemstone税理士法人では、スタートアップの創業期から資金調達、M&A・IPOを見据えた資本政策・税務コンサルティングをワンストップでサポートしています。「これから株主間契約を交わす」「今の契約書に税務リスクがないか不安」という経営者の方は、ぜひお気軽にご相談ください。
