2023年5月、国税庁と経済産業省が開催した説明会を契機として、信託型ストックオプションの課税関係が大きな問題となりました。
国税庁は、役職員が信託から付与を受けたストックオプションを行使した場合、その経済的利益は原則として給与所得に該当し、発行会社に源泉徴収義務が生じるとの見解を示しています。
これを受け、導入済みの信託型ストックオプションについて、
- そのまま維持する
- 税制適格ストックオプションなどに切り替える
- 未交付・未行使の新株予約権を放棄し、信託を終了する
といった対応を検討した会社も少なくありません。
しかし、信託型ストックオプションの課税関係を解説した記事は多数ある一方で、実際にどのような書類を作成し、誰が何を行い、どのように信託口座と税務申告を終了させるのかを具体的に説明した情報は多くありません。
Gemstone税理士法人では、実際に信託型ストックオプションについて、新株予約権の放棄、信託財産の精算、変更登記、法人課税信託の最終申告までを支援しました。
本稿では、その実務経験を踏まえ、信託型ストックオプションを終了する際の基本的な流れと注意点を解説します。
なお、以下は一つの実務事例を一般化して整理したものです。信託契約の内容や受益者の指定状況によって必要な手続きは異なります。
1.「信託型SOの解散」は一つの手続きではない
実務上は「信託型SOを解散する」「信託型SOを消却する」と表現されることがあります。
しかし、法律上・税務上は、少なくとも次の手続きを分けて考える必要があります。
- 受託者が保有する新株予約権の放棄・消滅
- 発行会社における新株予約権の変更登記
- 信託法上の信託の終了
- 信託財産に属する債権債務の精算
- 残余財産の帰属・処理
- 法人課税信託の最終申告・届出
- 信託口座の閉鎖
新株予約権を放棄しただけで、信託口座や税務上の申告主体まで自動的に消滅するわけではありません。新株予約権の消滅と、信託の終了・清算は別の工程です。
2.最初に信託契約書を確認する
信託型ストックオプションの終了を検討する場合、最初に確認すべきものは信託契約書です。
特に確認が必要なのは、次の条項です。
- 信託の目的
- 信託期間
- 信託の終了事由
- 信託契約の変更・解除に関する制限
- 受益者を指定・決定する権限
- 信託管理人の権限
- 新株予約権を放棄・処分する権限
- 信託費用の負担
- 残余財産受益者または帰属権利者
- 最終信託計算の承認方法
信託契約によっては、委託者、受託者、信託管理人または発行会社が合意しても、自由に信託を終了できない内容になっていることがあります。
Gemstone税理士法人が支援した案件でも、信託契約に変更・終了を制限する条項がありました。そのため、顧問弁護士と協議し、任意に契約を解除するのではなく、信託契約に定められた終了事由に該当する形で終了できるかを整理しました。
したがって、税務上不利になったため、関係者の合意で信託を解約するという単純な処理は避ける必要があります。
3.受益者の指定状況を確認する
信託型ストックオプションを終了できるかは、受益者の指定状況によって大きく変わります。
受益者がまだ指定されていない場合
受託者がすべての新株予約権を保有しており、役職員への交付も行われていない場合には、比較的整理しやすいケースです。
ただし、受益者決定権者が将来も受益者を指定しないことを明確にし、信託契約上の終了事由との関係を整理する必要があります。
実務上は、受益者決定権者から受託者に対して、「受益者を指定しない旨の通知書」を提出する方法が考えられます。
受益者は決定しているが、新株予約権は未交付の場合
ポイント付与や社内通知などにより、役職員の権利が既に具体化している可能性があります。
受益者指定の取消しが可能か、対象者の同意が必要か、労務上の権利侵害にならないかを、弁護士と確認する必要があります。
新株予約権が役職員に交付済みの場合
交付済みの新株予約権は、受託者の信託財産から既に離れています。
したがって、受託者が信託財産として残っている新株予約権を放棄しても、役職員に交付済みの新株予約権は消滅しません。
交付済みの新株予約権については、役職員本人による放棄、会社による取得、代替インセンティブの付与などを別途検討する必要があります。
既に行使した者がいる場合
信託を終了しても、過去の行使に関する給与所得課税や源泉徴収の問題はなくなりません。
国税庁のQ&Aでも、税制非適格の信託型ストックオプションについては、行使により取得した株式の経済的利益について、給与所得に係る源泉徴収が必要になると整理されています。
したがって、信託の終了手続きと、過去の行使分に関する税務処理は分けて対応します。
4.信託型SOを終了する実務フロー
典型的な流れは次のとおりです。
ステップ1 契約書・過去資料の確認
まず、次の資料を収集します。
- 信託契約書
- 新株予約権の発行要項
- 新株予約権割当契約書
- 株主総会・取締役会議事録
- 受益者指定に関する規程
- ポイント付与・評価に関する資料
- 受益者指定通知書
- 新株予約権原簿
- 商業登記簿
- 信託口座の入出金明細
- 法人課税信託の過年度申告書
- 国税・地方税に提出した届出書
この段階で、受益者が指定済みか、新株予約権が交付済みか、行使済みの者がいるかを確認します。
ステップ2 弁護士・監査法人等との整理
信託契約に終了禁止・変更禁止条項がある場合、どの条項に基づいて終了させるのかを確認します。
また、会社が監査を受けている場合には、次の会計処理について監査法人との調整が必要になることがあります。
- 新株予約権の消滅に伴う会計処理
- 新株予約権勘定の取崩し
- 消滅益の計上
- 代替ストックオプションを発行する場合の会計処理
- 関連当事者取引の有無
法務・会計・税務で終了日や処理の認識がずれないよう、事前に工程表を作成することが重要です。
ステップ3 発行会社の取締役会決議
発行会社では、取締役会等において、信託型ストックオプションを終了する方針を決議します。
決議事項としては、例えば次の内容が考えられます。
- 信託型ストックオプション制度を終了すること
- 受託者による新株予約権の放棄を受け入れること
- 関係者間で確認覚書を締結すること
- 新株予約権の変更登記を行うこと
- 信託終了に必要な専門家費用を支払うこと
- 必要な税務申告・届出を行うこと
- 代表取締役等に具体的な手続きを一任すること
Gemstone税理士法人が支援した案件では、取締役会決議と関係書類の調印を同日に行いました。
ステップ4 受益者を指定しない旨の確認
受益者が未指定の場合には、受益者決定権者が、今後も受益者を指定しないことを確定させます。
実務上は、受益者決定権者から受託者に対して、
本信託について、今後、受益者の指定を行わない
旨の通知書を提出する方法が考えられます。
ただし、この通知書が必要か、誰が通知者になるかは信託契約によって異なります。
ステップ5 関係者間の確認覚書を締結する
本件では、委託者、受託者、信託管理人の三者間で確認覚書を締結しました。
確認覚書には、一般的に次の内容を記載します。
- 信託型ストックオプションを終了する経緯
- 受益者が指定されていないこと
- 今後も受益者を指定しないこと
- 受託者が新株予約権を放棄すること
- 信託契約上の終了事由
- 信託の終了日
- 信託財産に属する債務の支払方法
- 残余財産の処理方法
- 最終信託計算の承認
- 関係者間の費用負担
- 終了後の免責・追加請求の取扱い
当事者の構成は、信託契約によって異なります。発行会社を覚書の当事者に加えるケースも考えられます。
ステップ6 受託者が新株予約権を放棄する
受託者から発行会社に対し、新株予約権の放棄書を提出します。
会社法上、新株予約権は、新株予約権者が放棄した場合に消滅します。したがって、発行会社が任意に「消却」するのではなく、
受託者が新株予約権を放棄し、その結果として新株予約権が消滅する
という整理になります。
記事や議事録でも、「信託型SOの消却」だけでなく、「受託者による放棄・消滅」と表現する方が正確です。
ステップ7 新株予約権原簿を更新し、変更登記を行う
新株予約権が消滅した後、発行会社は新株予約権原簿を更新します。
また、登記されている新株予約権の数などに変更が生じるため、司法書士に依頼して変更登記を行います。
これは信託そのものの「解散登記」ではありません。
登記の対象は、発行会社における新株予約権の数などの変更です。
実務上は、次の日付を整合させる必要があります。
- 取締役会決議日
- 確認覚書の締結日
- 放棄書の提出日
- 新株予約権の消滅日
- 信託終了日
- 登記原因日
これらの日付が曖昧になると、登記と税務申告の事業年度がずれる可能性があります。
5.信託口座に残った金銭をどう処理するか
新株予約権が消滅しても、信託口座に現預金が残っている場合には、信託の清算は完了しません。
通常、信託口座には、当初の払込金、預金利息その他の少額の金銭が残っていることがあります。
信託口座を閉鎖するためには、次の順序で処理します。
- 未払税金を確認する
- 信託報酬を確認する
- 弁護士・税理士・司法書士等の専門家報酬を確認する
- その他の信託債務を精算する
- 残余財産があれば帰属先を確認する
- 最終的に口座残高をゼロにする
- 信託口座を閉鎖する
残額を寄付する方法
Gemstone税理士法人が支援した案件では、受託者への業務説明の段階で、信託口座に少額の残金が生じた場合に、第三者の公益団体等へ寄付する方法も検討しました。
これは、受託者自身が残金を取得したり、明確な契約上の根拠がないまま委託者に返金したりすると、その財産移転の法的根拠や課税関係が問題となる可能性があるためです。
利害関係のない第三者への寄付であれば、委託者や受託者が直接的な経済的利益を受けることを避けられるという実務上の利点があります。
ただし、寄付は信託終了時の必須手続きではありません。
信託終了後の残余財産は、まず信託契約に定められた残余財産受益者または帰属権利者に帰属します。信託法は、信託終了後の残余財産の帰属について規定しているため、受託者が自由に処分先を決められるわけではありません。
寄付を行う場合にも、次の点を確認する必要があります。
- 信託契約上、寄付が許容されるか
- 受託者に寄付を行う権限があるか
- 帰属権利者の同意が必要か
- 寄付先と関係者との間に利害関係がないか
- 法人課税信託における寄附金の税務処理
- 寄付金額の相当性
したがって、寄付をすれば税務リスクがなくなると断定することはできません。
6.法人課税信託の税務申告
受益者等が存在しない信託型ストックオプションは、一般に法人課税信託として法人税申告を行っています。
信託を終了する際には、単に発行会社の法人税申告を行うだけでなく、法人課税信託についても最終申告と届出が必要になります。
検討すべき税務手続きには、次のものがあります。
- 法人税・地方法人税の確定申告
- 都道府県民税・事業税の申告
- 市町村民税の申告
- 消費税の確定申告
- 法人課税信託に関する異動届
- 給与支払事務所等の廃止届
- 消費税の事業廃止に関する届出
- 青色申告その他の承認・届出の取扱い
実際に必要な書類は、所轄税務署・地方自治体や、それまでに提出していた届出によって異なります。
また、次の日付を明確にする必要があります。
- 新株予約権の消滅日
- 信託終了日
- 残余財産確定日
- 最後の財産分配日
- 信託口座の閉鎖日
「新株予約権の放棄日」と「法人課税信託の税務上の終了日」が当然に同じになるとは限りません。
信託債務の支払い、残余財産の確定、最終信託計算などが後日となる場合には、申告対象事業年度と期限を個別に確認する必要があります。
7.まとめ
信託型ストックオプションの終了は、受託者が新株予約権を放棄すれば完了するものではありません。
実務上は、
受益者の状況確認
→信託契約上の終了可否の確認
→社内決議
→関係者間の覚書
→受託者による新株予約権の放棄
→変更登記
→信託債権債務の精算
→残余財産の処理
→法人課税信託の最終申告
→信託口座の閉鎖
という複数の工程が必要です。
特に重要なのは、次の三つを分けて考えることです。
- 新株予約権を消滅させること
- 信託を終了・清算すること
- 法人課税信託の税務申告を終わらせること
信託型ストックオプションを導入したものの、未行使のまま残っている場合や、税制適格ストックオプション等への切替えを検討している場合には、信託契約書と過去の運用状況を確認したうえで、終了方法を個別に設計する必要があります。
※本稿は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別案件に対する法務・税務上の助言ではありません。信託契約の内容、受益者の指定状況、新株予約権の交付・行使状況等により取扱いは異なります。
