はじめに|資産管理会社は「成功してから考える話」なのか
スタートアップ創業者の方から、よく次のような質問を受けます。
「資産管理会社は作っておいた方がいいのでしょうか」
「作るなら、いつ作るべきでしょうか」
「PMF前で生き残るだけでも精いっぱいなのに、資産管理会社まで考える余裕がありません」
この感覚は、非常に自然です。
創業初期のスタートアップにとって、最優先すべきことは、資産管理会社の設立ではありません。
プロダクトを作り、顧客を見つけ、資金繰りを守り、PMFに近づくことです。
一方で、資産管理会社は、会社が成功してから初めて考えるには遅い場合があります。
なぜなら、創業者株式の価値が大きく上がった後に、個人から資産管理会社へ株式を移そうとすると、税務上の時価評価、譲渡課税、贈与課税、投資契約上の譲渡制限、上場審査上の説明など、検討すべき論点が一気に増えるからです。
したがって、実務上の答えは次のようになります。
資産管理会社は、PMFより優先する話ではありません。
しかし、PMFしてから初めて考えるには遅いことがあります。
設立するかどうかは別として、創業初期または最初の外部資金調達前に、一度だけでも検討しておくことが望ましい論点です。
資産管理会社とは何か
ここでいう資産管理会社とは、創業者個人が直接スタートアップ株式を保有するのではなく、創業者やその家族が出資する法人を通じて、スタートアップ株式を保有するための会社をいいます。
一般的には、次のような目的で検討されます。
- 創業者株式の保有主体を整理する
- 将来の配当や株式売却代金の受け皿を作る
- 法人内に資金を留保し、再投資に使う
- 相続・承継を見据えて資産を設計する
- 創業者個人の資産と事業リスクを分ける
- IPOやM&Aを見据えた資本政策を整理する
ただし、資産管理会社は「作れば必ず節税になる」というものではありません。
創業者個人で株式を持つ場合と、資産管理会社で株式を持つ場合では、配当時、売却時、法人内に資金を留保する時、個人へ資金を移す時で、それぞれ税務上の取扱いが変わります。
そのため、資産管理会社は単なる節税策ではなく、創業者株式をどの器で持つかという資本政策上の設計論点として考えるべきです。
資産管理会社を検討する主なメリット
1. 将来の配当を法人で受け取れる可能性がある
創業初期のスタートアップが配当を行うことは、通常ほとんどありません。
成長資金が必要な段階では、利益が出ても再投資に回すことが多いからです。
しかし、IPO後や成熟後には、配当を行う可能性があります。
法人が他の内国法人から配当を受ける場合、一定の要件のもとで、受取配当等の益金不算入制度が適用されます。これは、配当を支払う法人の段階ですでに法人税が課されていることを踏まえ、受け取る法人側で二重課税を調整する制度です。国税庁資料でも、完全子法人株式等、関連法人株式等、その他株式等、非支配目的株式等の区分に応じた益金不算入割合が示されています。
資産管理会社でスタートアップ株式を保有している場合、将来の配当を法人で受け取る設計が可能になります。
ただし、これは「配当を受けた瞬間にすべて解決する」という話ではありません。
資産管理会社に入った資金を、創業者個人へどのように移すのか。役員報酬、配当、退職金、貸付などの設計によって、その後の課税関係は変わります。
したがって、資産管理会社のメリットは、配当時点だけでなく、法人内に資金を残すのか、個人に移すのか、再投資に使うのかまで含めて判断する必要があります。
2. 株式売却代金を法人内に留保し、再投資に使える
スタートアップのEXITには、IPOだけでなくM&Aもあります。
近年は、スタートアップの成長手段としてM&Aの重要性も高まっています。経済産業省も、スタートアップM&Aを成長手段として捉え、売り手であるスタートアップ経営者と買い手側が留意すべき事項を整理した「スタートアップM&Aガイダンス」を公表しています。
創業者個人が株式を保有している場合、株式売却益は個人に帰属します。
一方、資産管理会社が株式を保有している場合、売却代金は資産管理会社に入ります。
法人内に資金を残せば、次の起業、スタートアップ投資、不動産投資、家族会社での資産運用などに使いやすくなる場合があります。
ただし、個人が直接株式を売却した場合と、法人が株式を売却した場合では、税率や資金の使い勝手が異なります。
たとえば、個人で株式を売却した場合は、原則として株式等の譲渡所得として課税されます。
一方、法人で売却した場合は、法人税等の対象となり、その後に創業者個人へ資金を移す段階でも別途課税が生じ得ます。
そのため、M&Aによる株式売却を重視する場合は、個人保有の方がシンプルな場合もあります。
重要なのは、IPOかM&Aかを最初から決め打ちしすぎないことです。
資産管理会社の設計は、EXITの選択肢とセットで検討すべきです。
3. 相続・承継対策の選択肢が広がる
創業者株式が大きな価値を持つようになると、相続税の問題が生じます。
資産管理会社を活用することで、将来の資産承継を見据えた設計がしやすくなる場合があります。
たとえば、資産管理会社の株主構成をどのようにするか、議決権を誰が持つか、家族にどのように株式を持たせるか、種類株式を使うか、といった論点です。
ただし、家族に出資させる場合や、出資資金を贈与する場合には、贈与税、名義株、実質的な所有者、未成年者の法律行為、贈与契約書、資金移動の証跡などに注意が必要です。
特に、形式だけ家族名義にしていても、実質的に創業者本人の財産と見られるような設計は避けるべきです。
資産管理会社は、相続対策として有効に機能する場合がありますが、形式だけ整えればよいものではありません。
実質、証跡、資金の流れ、意思決定権限まで含めて設計する必要があります。
重要な税制改正|資産管理会社で大口株主判定を回避できるとは限らない
資産管理会社を語るうえで、特に注意すべき改正があります。
上場株式等の配当について、大口株主等が受けるものは、申告分離課税や申告不要制度の対象外となり、原則として総合課税の対象となります。
国税庁は、大口株主等が受ける上場株式等の配当等について、申告分離課税や申告不要制度を選択できないと説明しています。また、令和5年10月1日以後に支払われる上場株式等の配当等については、本人保有分だけでなく、その本人を判定の基礎となる株主として選定した場合に同族会社に該当する法人が保有する株式等も含めて3%以上となる場合、大口株主等と同様に総合課税の対象となります。
つまり、現在は、資産管理会社を通じて株式を保有すれば、大口株主課税を回避できるという単純な説明はできません。
ここは非常に重要です。
以前は、創業者個人の保有割合を3%未満に抑え、資産管理会社で株式を保有することで、上場後配当の課税関係を有利にできるのではないか、という発想が語られることがありました。
しかし、令和5年10月1日以後の配当については、一定の同族会社保有分も含めて判定されます。
そのため、資産管理会社の設立目的を「大口株主課税の回避」とだけ説明するのは危険です。
今後は、資産管理会社を検討する際には、次のように考えるべきです。
- 配当課税だけを目的にしない
- 同族会社保有分を含めた大口株主判定を確認する
- 法人内での再投資、相続、承継、資金管理まで含めて判断する
- IPOだけでなくM&A時の税務も比較する
- 最新税制を前提に、個別にシミュレーションする
資産管理会社は、古い節税スキームとしてではなく、創業者の持株設計・資産承継・再投資戦略の一部として検討する必要があります。
資産管理会社はいつ作るべきか
原則は「株価が低く、外部投資家が入る前」
資産管理会社を設立するタイミングとして、最も検討しやすいのは、次の段階です。
会社設立直後から、最初の外部資金調達前まで。
理由はシンプルです。
この段階では、創業者株式の価値がまだ低く、株主構成も比較的シンプルで、外部投資家との契約上の制約も少ないからです。
創業者個人がすでに持っている株式を、後から資産管理会社へ移す場合、原則として時価での譲渡が問題になります。
PMF後、売上が立ち、VCラウンドで株価が上がった後に株式を移転しようとすると、税務上の負担や説明コストが大きくなります。
その意味で、資産管理会社は、会社が成功してから考えるほど選択肢が狭くなる論点です。
PMF前に資産管理会社まで考える余裕はあるのか
創業者からよく聞かれるのが、この質問です。
「PMF前に、資産管理会社まで考える余裕はありません」
これはそのとおりです。
PMF前の起業家が、資産管理会社の設立に何日も時間を使う必要はありません。
最優先すべきは、顧客、プロダクト、資金繰り、採用、営業です。
ただし、資産管理会社は、設立するかどうかを別として、早い段階で一度だけ論点整理しておく価値があります。
具体的には、創業初期やシード調達前に、専門家と30分から1時間程度、次の事項を確認しておくだけでも十分です。
- 将来、IPOを目指すのか
- M&Aの可能性もあるのか
- 創業者株式の価値が大きくなる可能性があるのか
- 共同創業者との持株比率はどうなっているか
- 家族や相続まで考える必要があるのか
- 外部投資家が入る前に整理すべきことはあるか
- 株式を個人で持つ場合と法人で持つ場合の違いは何か
つまり、PMF前に資産管理会社を必ず作るべきという話ではありません。
PMF前に、作るかどうかの判断材料だけは持っておく。
これが現実的な答えです。
タイミング別の判断
会社設立直後
最も設計しやすい時期です。
株価が低く、株主構成もシンプルで、資産管理会社を株主にする設計を検討しやすい段階です。
ただし、事業の見通しがまだ不透明な段階でもあります。
すべての起業家が資産管理会社を作る必要はありません。
将来の株式価値が大きくなりそうか、外部資金調達を予定しているか、創業者の家族・相続設計まで考える必要があるかを見て判断します。
エンジェル・シード調達前
この段階も、資産管理会社を検討するには有力です。
外部株主が入る前であれば、株式移転や株主構成の整理が比較的しやすいためです。
一方で、資金調達の直前に慌てて資産管理会社を入れると、投資家から設立目的や実質株主について質問される可能性があります。
単なる節税目的ではなく、創業者の持株設計として説明できるようにしておく必要があります。
シード調達後からシリーズA前
まだ検討できる場合はありますが、注意点が増えます。
投資契約に株式譲渡制限や事前承諾条項が入っていることが多く、創業者株式の移転に投資家の承諾が必要になる場合があります。
また、直近ラウンドの株価がある場合、株式移転時の時価評価も問題になります。
この段階では、資産管理会社を作るかどうかだけでなく、「今から株式を移せるのか」「税務上のコストに見合うのか」「投資家に説明できるのか」を確認する必要があります。
PMF後・シリーズA後
慎重に検討すべき段階です。
会社価値が上がり、創業者株式の評価額も大きくなっている可能性があります。
この段階で個人から資産管理会社へ株式を移すと、税務コストが重くなることがあります。
また、主要株主や関連当事者に関する説明、投資契約上の承諾、将来の上場審査での見え方も意識する必要があります。
上場準備では、主幹事証券や証券取引所による審査が行われます。東証の新規上場ガイドブックも、上場審査基準や手続を解説する資料として公表されています。
資産管理会社そのものが悪いわけではありませんが、創業者周辺法人が株主になる以上、後から説明できる設計にしておくことが重要です。
IPO準備期・EXIT直前
原則として、かなり遅い段階です。
この時期に資産管理会社を新たに作り、創業者株式を移転しようとすると、税務上もガバナンス上も説明コストが高くなります。
特に、EXIT直前の株式移転は、節税目的の後出しに見えやすく、慎重な検討が必要です。
資産管理会社は、成功が見えてから慌てて作るものではなく、成功した場合に備えて、早い段階で選択肢として検討しておくものです。
判断基準|資産管理会社を作るべきかを考える5つの質問
資産管理会社を設立すべきか迷った場合、次の5つの質問で整理すると判断しやすくなります。
1. 将来、創業者株式の価値が大きくなる可能性があるか
資産管理会社を検討する最大の理由は、将来の株式価値の増加に備えることです。
小規模な事業を長く続ける予定で、株式価値が大きく上がる可能性が低い場合、資産管理会社を作る必要性は高くありません。
一方、IPOや大型M&Aを目指すスタートアップであれば、創業者株式の価値が大きくなる可能性があります。
その場合は、早い段階で検討する価値があります。
2. まだ株価が低い段階か
資産管理会社は、株価が低い段階ほど設計しやすいです。
後から株式を移す場合、株価が上がっているほど税務コストが重くなります。
そのため、検討タイミングとしては、会社設立直後、エンジェル調達前、シード調達前が有力です。
3. 外部投資家が入る前か
外部投資家が入ると、創業者株式の移転には契約上の制約がかかることがあります。
投資契約、株主間契約、優先株式の内容、譲渡制限、事前承諾条項などを確認する必要があります。
外部投資家が入る前であれば、設計の自由度は比較的高いです。
4. IPOだけでなくM&Aも想定しているか
IPO前提であれば、上場後の配当や長期保有、相続対策を含めて資産管理会社の意義を検討しやすくなります。
一方、M&Aで全株売却する可能性が高い場合は、個人で直接保有していた方がシンプルな場合もあります。
現在は、スタートアップのEXITとしてM&Aの重要性も高まっています。資産管理会社の設計も、IPOだけでなくM&Aの可能性を含めて考える必要があります。
5. 家族・相続・再投資まで考える必要があるか
資産管理会社の意義は、単年度の税負担だけではありません。
将来の相続、家族への資産承継、次の起業、エンジェル投資、ファミリー資産の管理などを考える場合、資産管理会社が有効に機能することがあります。
逆に、創業者個人でシンプルに保有した方がよい場合もあります。
大事なのは、税率だけで判断しないことです。
